ライオンは今年2月、夕飯作りに悩む人と、近所の飲食店をつなぐテークアウトサービス「ご近所シェフトモ」をスタートした。ユーザーは、LINEで1週間の夕食作りを近所の飲食店に依頼できる。料理の手間を軽減し、子育て中の共働き世帯を支援するという。
単身の筆者は思った。「デリバリーでよくない?」と。家にこもって仕事をすることの多い筆者とって、デリバリーサービスで豊富なメニューから食べたいものを選ぶ時間はいい気晴らしとなっている。
なぜ、ライオンはテークアウトに特化したのか。それで果たして事業はスケールするのか。起案者のイントレプレナー(社内起業家)廣岡茜さんに聞いた。
料理を作らなくても、幸せな食卓は作れる
ご近所シェフトモは、2019年に開催されたライオン社員による新価値創造プログラム「NOIL(ノイル)」を経て事業化に至った。NOILはLIONの裏読み。創業130年になる老舗メーカーの事業をリデザインする目的で始まった。
テークアウトに特化した理由は、仕事や保育園のお迎えの帰りに立ち寄れるからだという。デリバリーでは、指定した時間までに自宅に戻らないと受け取れないが、仕事と子育てを両立しているとそれが難しいことがある。
アイデアは、出張が多く多忙な夫と幼い娘をもつ廣岡さんの日常から生まれた。
「料理は愛情表現」と思っていた廣岡さんは、自分も働きながら毎朝お弁当を用意し、夕飯も作った。しかし、結婚前から気づいていた。自分は料理が好きではない。栄養バランスを考え、食材を買い込み、調理し、おいしそうに盛りつける。多くの人がさも当たり前のようにやっている(やってもらっている)ことだが、相当なスキルと時間の捻出が必要だ。
夫の実家から送られてくる野菜には、たけのこや山菜など調理が難しいものもあった。消化できない野菜で冷蔵庫が埋まり、腐っていくのを見ては憂鬱になった。義母の厚意を無駄にしていることに罪悪感を覚えた。
初めての育児で心身ともに疲弊したのを機に、廣岡さんは料理を手放した。料理から解放された廣岡さんは、違う形で愛を伝えていこうと決めた。バタバタせずに子どもの話を聞いてあげること。近所に家族で行けるおいしいお店を探し、娘の好きなメニューを見つけること。買ってきたお総菜を食べるとき、娘の分はアンパンマンの皿に盛ってプチトマトを添えること。家族3人が集まれる時間は少ないけれど、楽しくおしゃべりして過ごすこと。それにはまず、自分自身が笑顔でいなければ。
「料理に“手抜き”も“サボり”もない。料理を作らなくても、幸せな食卓は作れる。私はそう信じています」
「負けまくった」過去 名もなきサービスが育つまで
ご近所シェフトモが正式リリースされて約4カ月、夕食を作ってくれる加盟店は都内に35店舗、ユーザーは2000を超えた。ここまでの道のりは、決して楽なものではなかった。
事業化のステップは、廣岡さんがそれまで10年開発に携わった洗濯用洗剤とは全く異なるものだった。生まれたばかりのご近所シェフトモは、何もかも自分たちで作り上げていくしかない。
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加盟店もユーザーも最初は足で稼いだ。ターゲットは子育て中の共働き世帯。保育園を起点に歩き回り、和食や家庭料理の店を見つけては飛び込んだ。効率など考えず、突っ走った。新型コロナの話題も出始めた頃、テレアポに切り替えた。アポが取れるのは100件中2、3件。「負けまくっていました」と廣岡さんは話す。
アポが取れる店には特徴があった。お子さま用の椅子や皿が置いてあるようなキッズフレンドリーな店だ。「料理がツラい」と熱く畳み掛ける廣岡さんのスタイルに、「ライオンはUberや出前館の営業とは随分違うね」と言われながら、8から9割の確率で成約した。
時には、廣岡さんが加盟店の店頭に立っておかずを売った。17時から20時まで立っていると、いろいろなことが見えてきた。その時間帯に店の前を通る人、買わないけど立ち止まる人、表情や聞こえてくる話し声。
「一番の学びは、当日だと、『テークアウトやってたのね』『もうそこのスーパーで買ってきちゃった』という反応が多いことです。新型コロナの影響でテークアウトを始める飲食店が増えていますが、当日では他に目移りされる可能性もあります。事前予約で確実にテークアウトさせることがこのサービスのポイントになると実感しました」
共感のあるリピートユーザーは“離れない”
ユーザーの獲得は、友人に使ってもらうところからスタートした。
「仲の良いママ友なら使ってくれるかなと、ママ友のLINEや保育園のクラスLINEで告知したのですが、やはり良い体験を提供しない限り、リピートはしてくれないんです。そんなに甘くない、と知りました」
一方で、料理が苦手な廣岡さんに共感する新しいママ友の輪が広がった。保育園に手作りポスターを貼ると、2日で30人以上が登録してくれた。
1人でも多くの目にとまってほしいと、Twitterとnoteを始めた。
「そういうのは意識高い系の新規事業開発者がすることだと斜めに見ていました。でも、少しでも宣伝したいとか、思想を伝えたいという思いに駆られてやっていたのだと気付きました。発信するって案外面倒くさいものです。でも皆さん、“いいね”がつかなくてもめげずに発信し続けるじゃないですか。尊敬に変わりました」
10カ月間の実証実験で、ユーザーは右肩上がりに伸びた。しかし、裏側では7割が人力対応。廣岡さん自身がLINEで客と店の間に入って注文を取り、数え切れないほどミスをした。そこにその人はいないのに、PCに向かって何度も何度も頭を下げ、店におわびのライオン製品を持っていった。
ミスをしたらユーザーは離れていくと思っていた。しかし実際には、大多数のユーザーが「便利だからこれからも使い続ける、だから改善してね」と言ってくれた。
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コロナ禍の前と後、店の反応は?
コロナ禍の前は、テークアウトにネガティブな店主が多かった。しかし今は、新たな取り組みに積極的な店が増えているという。
ご近所シェフトモの役割も少し変わり始めている。緊急事態宣言でお店に食べに来る客は減ったが、自炊の機会が増えたことで、ご近所シェフトモ経由の注文が増えたのだ。「『シェフトモ』で予約が入っていることが精神的な支えになった」という店の声も廣岡さんの耳に届くようになった。
ご近所シェフトモでは、一週間前に注文が確定する。店側はそこから発注をかけるため、無駄な出費や廃棄を減らせる。貢献はまだ微々たるものだ。しかし、料理を手渡す瞬間に「今日もお疲れさま」「今日は市場で仕入れたブリを使ってみましたよ」、そんな店と客の会話が生まれ、食べに来てもらえなくても“常連さん”を増やしていける。それは単なるテークアウトサービスではない。アフターコロナに続く、つながりだ。
店主からも前向きな声が上がっている。
「ご近所シェフトモを始める前は、自分が見えないところでどう食べられるかなんて考えたこともありませんでした。でも今は、食卓に並ぶところを想像しながら作っています。彩りがないとさみしいからプチトマトを添えようとか、勉強になるんですよね。家庭料理のレパートリーも増え、料理人としての腕が上がっている気がします」(北前海鮮問屋「三番船ハ印」店主)
ご近所シェフトモ、使ってみた
筆者も料理が好きではない。一日一食、深夜にコンビニ弁当を食べる生活を続けていたら、8kg太ったこともある。最近、健康を意識して料理を始めたが、忙しくなると出前館だ。
ご近所シェフトモは、LINE上で注文できる。トーク画面の下部に表示されるメニューから、近所の店と主食・副菜を選ぶ。選択肢はそれぞれ2パターンと少ない。悩む時間を削減するためだ。主食にサーモンフライ、副菜に小松菜のおひたしを選んだ。
一週間後、夕飯時にお店に寄ると客は1組。用事がなければほぼ外出しない筆者だが、この街にも新型コロナが暗い影を落としていることを実感した。
店の奥で、笑顔の店主と保存袋に入ったサーモンフライが待っていた。「袋に入ってるのか」と内心驚いたが、これは客の声に応えたものだという。お弁当型のトレーは食卓に並べたときちょっぴりさみしく、捨てるにもかさ張る。ジッパー付きの保存袋は汁漏れせず、ごみも少ない。また、最終的に皿に盛ることになるので、家庭料理感が増すのだという。
2度目のテークアウトで店主に話を聞いてみた。現状、ご近所シェフトモから週5、6件の注文が入るという。「この前のサーモンフライ、味はどうでしたか? 盛りつけ難しくなかったですか?」と聞かれ、こちらの店主も食卓に並べたときのことを考えてくれていた。
懸念は、価格帯がご近所のニーズと合っているかどうかだという。確かにスーパーのお総菜と比較すると価格が高い。ここは接客やスーパーでは入手困難な食材の良さなど、客の価値観に委ねられるところだ。
いずれにせよ、テークアウト、デリバリー、スーパーのお総菜、外食──と、使えるサービスは多くある。0か100かではなく、そのときに時間やお金をどう使い、何を得たいかという問題なのだろう。
多様化する生活スタイル
日本の人口は減少の一途で、単独世帯や共働き世帯も増え、生活スタイルが多様化している。家事が家庭の中で完結しなくてもいい世界が、訪れつつある。
「毎日の料理がツラいという悩みから生まれたご近所シェフトモですが、今では私の思いだけでなく、使う人たちの互いを思いやる気持ちがサービスを育てています。『ウチのごはんはあの店に支えてもらっているから、今は私があの店を支えたい』というお客さまもいるし、『あの人にはこの間もこの副菜を出したから、今日はちょっとソースを変えてみようかな』という店主もいる。間に立つ私たちがもっとこのサービスの温かさを伝えていかないと、と感じます。今後の課題です」
廣岡さんに、次の新規事業のアイデアがあるか尋ねてみた。すると「料理の次は、洗濯を手放したい」と思っているそうだ。廣岡さんは洗濯用洗剤の開発に10年携わってきたというのに、柔軟な考えに驚かされる。
廣岡さんは試しに1カ月、洗濯をアウトソースしてみたという。メリットとデメリットが見えてきた。プレイヤーとしてこの領域に飛び込むのも面白そう、と考えた。廣岡さんは今日もビジネスとプライベートのはざまで新規事業の種を探している。
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