連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを順番に、2週に1回配信しています。
この《パリの外国ごはん》は、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。フードライター・川村明子さんの文と写真、料理家・室田万央里さんのイラストでお届けします。
次回《パリの外国ごはん そのあとで。》は、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。
川村さんが、心に残るレストランを再訪する《パリの外国ごはん ふたたび。》もあわせてお楽しみください。
春先から、家で食事をする機会がぐっと増え、切らさないように作り置きをしているものがある。スープだ。夏になってからは、ラディッシュの葉や、食べきれないレタス、ちょっと余っているキュウリなどがあればみんな一緒に、何らかの出汁(だし)で煮てミキサーにかけ、グリーンスープにしている。そのスープを元にカレーにもする。暑い時でも温かいものを食べ続けたのが良かったのか、38度の日でも昨年より体が楽で、元気に過ごせた。
それでか、普段なら寒い時に興味が湧きそうなロシア料理を食べに行きたくなった。少し前からチェックしていた店があったのだ。その店には、ボルシチがあるらしい。それと、皮から手作りとみられるロシアン餃子(ギョーザ)のペリメニも。粉モノ好きの万央里ちゃんも興味津々で、バカンスに入る前に行くことにした。
かつては中央市場“レ・アール”があり、現在はショッピングモールになっているパリのど真ん中のエリア。目的のLa Cantine des Tsars(ラ・カンティーヌ・ド・サールス)は、市場時代の名残で、飲食店が軒を連ねる通りの中でも目に留まる、真っ赤な外観の店だった。
パリの飲食店は、9月末まで臨時テラス席を設けることが認められている。どこに席を作るかというと道なわけだが、その多くは本来、路上駐車用スペースとなっているところだ。配達の車専用の箇所をテラスにしてしまっている店も少なくない。La Cantine des Tsarsも例にもれず、店の前の車道を挟んで向かい側にある駐車スペースにもテラス席を作っていた。
とても日差しが強く、そのテラス席はいい具合に陰っていたので、そちらに座ることにした。ラッキーなことに、そこからだと店内奥まで見通せる。
渡されたメニューの表紙は、まさに手作り然としたロシアン餃子の写真だった。これは、もう、餃子を食べてくれ!と言っている。中を開くと、非常にシンプルでわかりやすい。ピロシキ、ボルシチ、ペリメニ(ロシアン餃子)が三本柱で、特にペリメニはスペシャリテとうたわれている。食事前のおつまみに、ピクルスがあった。ロシア風ピクルスは甘みがあって、私は好きだ。
そんなに選択肢はないのに、私たちは熟考した。具材を違えて、色々と食べてみたいからだ。
ペリメニは、豚肉、羊肉の2種がメニューに書かれていた。気になって、ロシアではどちらがポピュラーかと尋ねると、答えは豚肉。ならば、と豚肉をオーダーした。中皿・大皿の二つのポーションがあり、中皿で20個というので中皿で。ベジタリアンもある、と聞き、万央里ちゃんはベジバージョンを。こちらは中皿で10個ということだった。
結局、ジャガイモとキャベツのピロシキを一つずつに、ボルシチを小ポーションで1皿、そしてペリメニを2種、頼むことにした。
私たちの斜め後ろの席にはムッシュが2人座っていた。我が家のようにくつろいでいて、どうも店に関わる人のようなのだけれど、車道を挟んで店の向かい側にあるホテルのオーナーのような感じもする。ということは、このホテルもレストランと同じ人が経営しているのかな?なんて話していたら、他では見ることのないボトルに入った水と、オーダーしたタラゴン風味のレモネードが運ばれてきた。
以前、タラゴンは消化を促す働きがあると薬草薬局で聞いた。それで私は、家にタラゴンのエッセンシャルオイルを常備している。今まで、“ちょっと胃がもたれているかも”と感じるとエッセンシャルオイルを蜂蜜に垂らしてひとさじなめていたけれど、“そうか、タラゴン水にして食事中に飲めばいいのか!”と思いついた。
続いて出てきたピロシキは、コロンとしてほんのり温かく、手のひらに包んでそのまましばらく持っていたいような愛らしさだ。食べてみると、「これ知ってる、知ってるなぁ……」と懐かしさがこみ上げてきた。でも、何かは思い出せない。生地も具もホワッと、そしてちょっとペタッとしている。何も考えずにぱかぱかぱかっと口に放り込めてしまう安心感。まるで祖母の手からおやつに渡されたことがあるような、そんな郷愁を誘うなじみある味で食べやすい。
とりわけキャベツの方は、切り干し大根の炒め煮みたいで、ほんの少し甘くて、シナッとしているのだけれど、時折コリッとしたところが混ざっているのにまた親近感を覚えた。日本の総菜パンのルーツはピロシキなのだろうか?と思ったくらいだ。
小ポーションでも十分なボリュームのボルシチは、ビーツの赤紫色が鮮やかだ。真ん中にはクレーム・フレッシュ(脂肪分の高い濃厚な生クリーム。ぽってりしている)がたっぷりと。ビーツの甘みに、トマトの酸味が加わって、想像していたよりもさっぱりしていた。クリームを溶かして食べてみても、クドさはない。牛肉が細切れで入っていて、ごく控えめな量ながら、旨味(うまみ)を加えていた。
全体的にやさしい味わいのスープだなぁと思っていたところに、添えられている黒いパンをかじったら、目を覚ますようなアクセントを放った。スパイスの風味が一瞬にして口の中に広がり、甘くて、スーッとした。フェンネルシードだろうか? ハッキリとはわからないけれど、後を引く。
待ちかねていたこの日のメインは、見るからに手で一つずつ包んでいるぬくもりをたたえて登場した。中央には、ためらいの感じられない量のクレーム・フレッシュ、周りにはドライのチャイブが散らしてある。が、ソースがかけられているわけでもなく、別添えのタレもない。潔いなぁと好奇心いっぱいで口に運ぶと、詰め物は、豚肉しか入っていないようだ。タマネギさえ感じない。だけれど、豚肉特有のにおいなどはなく、十分にこねているのだろう、ぷりっぷりだ。
茶色い粒が見えたから、全粒粉を混ぜて作っているのだと思われる皮はモチモチで、粉の風味がおいしかった。よほど味のしっかりしたブイヨンで茹(ゆ)でているのか、味は完結している。チャイブの合間に見える黒い粒は、コショウと、ナツメグも含んでいる気がした。
私たちが食事をしている途中から、後ろの空いている席に座っておしゃべりを始めたロシア人とおぼしき女性2人がいて、彼女たちがこの店の料理を担っているとあとから聞いた。これほどまでにシンプルで、粉と具材の味わいをストレートに楽しめる粉物料理は、アジア圏のレストランではなかなか出合えないと思う。それに、野菜の甘みと酸味がうれしいスープもここにはある。今度から、手作りの皮で包む餃子が食べたくなったら、この店に行くことにした。
La Cantine des Tsars
21 Rue du Roule, 75001 Paris
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PROFILE
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室田万央里
無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。17歳でNYに移り住んだ後、インドネシア、再び東京を経て14年前に渡仏。モード界で働いた後に“食べてもらう事の喜び”への興味が押さえきれずケータリング業に転身。イベントでのケータリングの他、料理教室、出張料理等をパリで行う。
野菜中心の家庭料理に妄想気味のアジアンテイストが加わった料理を提供。理想の料理は母の握り飯。未だその味に到達できず。
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September 01, 2020 at 08:01AM
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具は豚肉だけ、タレも添えない潔さ。ぷりっぷりロシアン餃子/La Cantine des Tsars - 朝日新聞社
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