とにかくうまそうな食べ物がたくさん出てくる短編集である。各編は、イタリアンのコースにならって構成され、読み進める(食べ進める)と数々の料理に彩られた著者自身の人生が現れる。自伝的な一冊でもある。
著者のカルミネ・アバーテはイタリア南部のカラブリア州のアルバレシュで生まれ育った。アルバレシュとは、15世紀にオスマン帝国の侵略から逃れてバルカン半島からイタリア南部にたどり着いたアルバニア人がつくった村々のことで、アドリア海をわたり異郷の地に移り住んだ彼らは、そこで自分たちの言語や文化を伝承してきた。もちろん料理も。
だから本書に登場する料理は私たちがよく知るイタリア料理とは少し違う。時間をかけて南イタリアの土地や食材と混ざっていったアルバレシュの料理だ。「前菜」として冒頭に置かれた表題作では語り手の祖母の得意料理のオムレツをめぐる7歳の夏の出来事が語られ、「コース」が進むに従って語り手は少年から大人になり故郷を離れ、村の外でも数々の料理に出会う。出会うのは料理だけではない。「アンナ・カレーニナを知った夏」では、16歳の語り手が食料貯蔵庫で一冊の本を見つける。その出会いが、少数言語アルバレシュ語を母語とする著者をイタリア語の文学者へと導くことになった。
食べる楽しみや喜びは、実際に口に入れて味わうことだけではない。冬の休暇を書いた「クリスマスの十三品のご馳走」はこんなふうに始まる。「油のなかでふつふつと揚がるお菓子の香りで目を覚ました僕は、ベッドから跳ね起きるなり、夢でないことを確かめるために台所へ走った」。この一文に溢(あふ)れる喜び。ひとは、できあがりつつある料理の音や匂いだけで、こんなにも幸福になれる。
小説のなかの料理は味わうことができないがいいところもある。いくら読んでもおなかいっぱいにならないから、いくらでも、何度でも、読んで楽しむことができる。そして読めば読むほど「おいしく」なる。食欲をそそる食事や料理の描写をたっぷり楽しんだあとにあらためて読むと、今度は料理の向こうに家族の物語が、土地や民俗にまつわる長い時間が見えてくる。(新潮社・1900円+税)
評・滝口悠生(作家)
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