福岡市・天神地区にあるロシア料理の老舗「ツンドラ」が、5月7日で61年の歴史に幕を下ろす。20代から店に立った2代目経営者の徳永哲宥(てつひろ)さん(77)が、後継者の不在や地価の上昇などを考慮して決断した。九州のロシア料理店の草分け的存在で、多くの人に親しまれた。惜しむ声が広がっている。
ツンドラを創業したのは徳永さんの母、初美さん(故人)。1950年代後半、東京にいた息子に会いに上京した際、国内初のロシア料理店「渋谷ロゴスキー」に立ち寄った。その味に感動し、福岡で同業の店を開くことを思い立ったという。
店に1カ月泊まり込んで修業した。冷戦の真っ最中で、当時行き来が難しかった旧ソ連も訪問。各地を巡って料理を学び、帰国したという。徳永さんは「無鉄砲で、バイタリティーあふれる人だった」と母をしのぶ。
60年に開業。店名は「他にない名前を」と考えた初美さんが、世界地図に「ツンドラ地帯」とあったことから決めた。当時、洋食を提供する店は少なく、瞬く間に人気に。日本人だけでなく、米軍基地から米兵たちも訪れた。
名物は伝統料理「ボルシチ」。本場では西洋野菜ビーツの色素でスープを赤に染め上げるが、創業時は手に入らずトマトピューレで代用した。それが60年続く「ツンドラ流」となった。「創業から調理法や味付けは変えていない。長く続いた理由の一つかもしれません」と徳永さん。
ここ数年、母や店を長年支えてくれた親族が、相次ぎ亡くなった。店は、再開発が進んで地価が上昇する天神に隣接する中央区大名にあり、今後、賃料の値上げも予想される。「潮時かな」と考えるようになった。事業譲渡も検討したが、コロナ禍で不調に終わった。閉店を決断した。
4月に入り、常連客に閉店を伝え始めた。中には毎週通う高齢夫婦や、ひ孫まで4代連れ立って来店する家族もいる。「思い出の場所だ」「やめないで」と言われると、徳永さんは目頭が熱くなる。
営業最終日まで残りわずか。「最後まで、大人にも子どもにも『おいしい』と言ってもらえる料理を提供できるよう頑張りたい」。店を、料理を通じて、多くの人の心とつながりが持てたことに感謝する。 (井崎圭)
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