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Thursday, November 11, 2021

スパイスふわぁぁっ、お肉ゴロッ。学生街のアフガン風ピラフ/Koutchi - 朝日新聞デジタル

この1年半、許可されていた飲食店のテラス席設置は、10月31日までの時限的な措置だった。それで10月最後の週末は、どの店の前でも、スタッフが工具箱を片手に解体作業に励んでいる様子が見られた。歩道をまたぎ、路上駐車ゾーンにまで大々的に広げられていたテラス席に人々が集い、にぎわう様子にすっかり慣れてしまっていたから、少し寂しい気がした。一方で、街中では最近、ドイツ語と英語を頻繁に耳にするようになり、欧米の旅行客が目を見張る勢いで増えている。かつて日常的だったにぎわいを久々に感じてもいる。

一つの感染対策措置の終了で状況の変化を実感したら、“変わらずに在るといいのだけれど……”と一軒の食堂が脳裏に浮かんだ。学生街に位置するその店は、もはや10ユーロを超えることがスタンダードになっている、いまどきのグルメサンドイッチと肩を並べる値段で定食を提供していた。常連客の多そうな店だったし、きっと在るだろう。でも、長きにわたり休校を余儀なくされた大学の校舎が集まるエリアは、驚くほどのれんを下ろした店が多いのも事実だ。行くには、少し勇気が必要だった。まずGoogle mapで検索してみた。店は記載されたままだ。

スパイスふわぁぁっ、お肉ゴロッ。学生街のアフガン風ピラフ/Koutchi

“ノマド”を意味する、アフガニスタン料理のその店Koutchi(クーチ)に着くと、依頼した人に間違えて書かれてしまったつづりの看板が、以前と同じように掲げられていた(そのときの記事はこちら)。よかった、とホッとして目線を下げたら、店内の壁が真っ白に変わっていてどきっとした。陰影の濃い店内に、他ではなかなか見ることのない配色の布がかかり、とても印象的だったのだ。ただ、店先に出された黒板は、前と同じものだった。おなかが空いていたし、とりあえず入ろう、とドアノブに手をかけようとすると、先に、内側から開けられた。

開けたのは、女性スタッフだ。彼女からのBonjourを受け、私もBonjourと返して「まだ、お昼は食べられますか?」と聞いた。すると思わぬ答えが発せられた。「ごめんなさい。もう終わりなんです」。ちょうど14時だった。ランチタイムは15時までのはずだ。「そうなのですね、わかりました。じゃあまた来ます」と伝えてから、「オーナーが前と変わったのですか?」と聞いてみると、「いや、同じです、ムッシュが作っていますよ! 今日はお客さんがたくさん来て、もう料理がなくなってしまったのです」と言われた。なんだなんだ、そうなのかぁ。食べられないのは残念だけれど、同時に安堵(あんど)した。

スパイスふわぁぁっ、お肉ゴロッ。学生街のアフガン風ピラフ/Koutchi

「そうですか。それではまた改めて来ます。Merci!」と声をかけ、一歩後ろに退いたら、彼女は「この料理だけなら、出せます!」と、窓に貼られたメニューにあるひと皿を指さした。前に食べた、とてもおいしかった米料理だ。「日替わりの“今日の料理”はもちろん、他の料理も全部終わってしまったけれど、これだけはあります」と言う。「あ、だったら、これいただきます!」。そう二つ返事で、店に入った。

右奥に、今は無用の物となった冷蔵機能付きのショーケースが置いてあった。この店もテイクアウトをしていたのだな、と思いながら、案内された席に着く。埋まっているテーブルはどこもすでに料理を食べ終えていて、空いている席もみんな食事の形跡があった。

料理はくだんの米料理しかないものの、昼のプリフィクスメニューに含まれる前菜はある、とメニューを渡された。食べたことのない、アフガニスタン風スープを頼むことにした。

壁が真っ白になり、以前と比べ格段に明るくなった店内に、よそよそしさを覚えるかと思ったら、そんなことはなかった。逆に食堂感が高まり、客と店の距離が縮まったように感じた。もしかしたらそれは、サービスを担当している女性の存在が大きいのかもしれない。

隣のテーブルの男性2人組が会計の際に「国(故郷)の状況は大丈夫?」と彼女に尋ねた。どうも彼女はパキスタンの人のようだった。聞くとはなしに聞いていたつもりが、うっかり、聞き入っていたらしい。彼女がちらっと私を見たことで、気づいた。恥ずかしくなり、意識をそらすように店の奥に視線を向けたら、店主のムッシュが厨房(ちゅうぼう)にいた。本当だ、店主は健在だ。

スパイスふわぁぁっ、お肉ゴロッ。学生街のアフガン風ピラフ/Koutchi

出てきたスープはトマトの入っていないミネストローネのようだった。スプーンですくったら、表面には顔を出していなかったオオムギやレンズ豆、肉の細切れが姿を現した。麦も豆も形が崩れていて、おなかに優しそうだ。もしかしたらラマダン明けに食べるスープなのかもしれないなぁと思った。食べてみると、主張のない色合いそのままに、少しずつじんわりと広がるおいしさだ。同時に、温かさもじわじわと体の隅々に浸透していく気がした。

スパイスふわぁぁっ、お肉ゴロッ。学生街のアフガン風ピラフ/Koutchi

スープを食べ終えると例の米料理が出てきて、カルダモンの香りがふわぁぁっと鼻先を包んだ。千切りのニンジンとアーモンドスライス、それにレーズンがふんだんに散らされ、表面を覆っている。“そうそう、てっぺんにピスタチオで、山を崩すとお肉が出てくるんだよね”と確認するようにフォークを差し込むと、ほら!と言わんばかりに一口大の肉が出てきた。

お米は油を適度にまとい香ばしく、ふっくらと炊き上げられ、レーズンの甘酸っぱさがアクセントを放つ。このスパイスはなんだろう? シナモンとナツメグ、とかかなぁ?と探りながら、どんどんフォークが進んだ。スパイシーなのではなくて、鼻をくすぐるようなスパイスの効かせ具合が、食欲を刺激する。お肉だけ、カレーっぽかった。肉は別に煮込んで、それをお米に混ぜ込んで炊き上げているみたいだ。

スパイスふわぁぁっ、お肉ゴロッ。学生街のアフガン風ピラフ/Koutchi

前に食べた時は、添えられたソースをかけたら全く別物になって、かけないで食べる方が断然好みだった。けれど、一口分かけてみよう、とかけて食べてみたら、あれ? かけたのおいしいじゃん!と、前に受けたのとは全く違う印象を受けた。

一見スパイシーに見えたソースは、ソースというより汁物で、それだけを飲んでみると塩気も控えめでさらっとしている。ピラフにかけると、なんとも言い難い親しみを覚えた。味は完全に別ジャンルだけれど、お茶漬けとか、冷やごはんに冷めたおみそ汁をかけたような、シャバシャバした食べやすさが、遠い親戚のような感じだ。これはちょっとクセになりそうだぞ、と思った。

スパイスふわぁぁっ、お肉ゴロッ。学生街のアフガン風ピラフ/Koutchi

これまたピスタチオとカルダモンの香る、アフガニスタン風フランを最後にいただいて、すっかり満喫のランチとなった。お会計には、ムッシュが出てきた。甘い香りのお米がとてもおいしかったです、と伝えたら、あれはクミンとクローブですよ、と教えてくれた。

スパイスふわぁぁっ、お肉ゴロッ。学生街のアフガン風ピラフ/Koutchi

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