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Tuesday, August 30, 2022

光合成に頼らず作物は育つか 端緒となる研究が話題 - 日本経済新聞

SF作品では、火星の地下都市、太陽から遠く離れた宇宙ステーションなどでの未来の暮らしが描かれる。地球上とは全く異なるこうした過酷な環境で人間が生き延びるためには、限られた資源を活用して食料を生産しなければならない。植物が太陽光を糖に変える光合成は、地球上では大成功を収めているが、エネルギー効率が悪いため、地球の外では役に立たないかもしれない。

そこで一部の科学者たちは、光合成に頼らず植物を育てることで、より効率よく食料を生産できるのではないかと考えるようになった。

火星の都市と同じくらいSFじみた話だが、ある研究チームが6月23日付けの学術誌「Nature Food」に論文を発表し、実現に向けた第一歩を踏み出した。研究では、太陽光発電を利用して作った酢酸塩という化合物を栄養として、暗闇のなかで藻類や酵母、菌類を育てられることが示された。科学者たちは、この方法は一種の「人工光合成」であり、従来の農業よりも少ない物理的スペースとエネルギーで食料を生産する新しい方法の扉を開くだろうと期待している。

他の研究者らは、植物の生態をここまで根本的に変えられるのか懐疑的ではあるものの、今回の技術や発想の自由さには期待を寄せている。

「私たちは、植物をもっと効率よく栽培する方法を考えなければなりません」と語るのは、論文共著者で米デラウェア大学の化学・生体分子工学教授、フェン・ジャオ氏。「どの方法が最適なのでしょうか? 私は、あらゆる可能性を探ることが、科学の素晴らしさだと思っています」

自然よりも効率よく

海底の熱水噴出孔から出る硫化水素を利用して生きる深海生物など、ごく少数の極限環境生物を除いて、地球上のほぼすべての生物は太陽をエネルギー源としている。トラやサメのような頂点捕食者もしかりだ。陸上の植物や海洋の植物プランクトンなどが光合成によって作り出した有機物を、複雑な食物網を通じて利用している。

光合成は生物にとって欠かせない過程だが、そのエネルギー変換効率は高くない。植物に降り注ぐ太陽光のうち、実際に有機物の生成に利用されるのはわずか1%程度なのだ。人類が宇宙で自給自足生活を営むためには、できるだけ少ない資源で食料を生産することが不可欠になるため、光合成の効率の悪さは大きな問題となる。

また、地球上の人口が増加し、同じ面積の土地からより多くの食物を生産する必要が生じている今、エネルギーの効率的な利用は重要な課題だ。

一部の科学者は、この問題の解決策として、作物の遺伝子を操作して光合成の効率を高めようとしているが、今回の論文を発表した研究チームが考えているのは、もっと変わった方法である。生物による光合成を、人工光合成と呼ばれる人工的なプロセスに置き換えるのだ。人工光合成という言葉は以前からあり、太陽光や水や二酸化炭素を、別の化学物質に置き換えるさまざまなアプローチが提案されている。今回の研究は、人工光合成システムを一般的な食用作物の栽培と組み合わせる初めての試みだという。

このシステムの基礎にあるのは電解槽での電気分解だ。研究チームは今回、太陽電池からの電流を利用して、二酸化炭素や水などから酸素や酢酸塩(炭素ベースの単純な化合物)を生成する、2段階の電気分解システムを作った。

彼らは、こうして作った酢酸塩を、クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)という緑藻や、キノコを作る菌類、栄養酵母に与えた。

その結果、どの生物も、太陽光や光合成由来の炭素がなくても、暗闇の中で酢酸塩を取り込んで成長することができた。

光合成と比較すると、人工光合成は驚くほど効率がよかった。人工光合成を利用した緑藻は、通常の光合成の約4倍の効率で太陽エネルギーをバイオマスに変換することができた。また、人工光合成を利用して培養した酵母では、エネルギー効率が約18倍も高かった。

「これは、自然の経路ではなく人工的な経路を利用することの重要な利点の1つです」とジャオ氏は言う。

暗闇の中で作物を育てる?

科学者たちは以前から、クラミドモナスが暗闇の中で酢酸塩を取り込んで成長できることを知っていた。クラミドモナスは混合栄養生物で、光合成で自分の食物を作ることも、他の植物が生産した有機物を食べることもできる。しかし、論文の上席著者である米カリフォルニア大学リバーサイド校のロバート・ジンカーソン氏によれば、クラミドモナスが生物学的な光合成由来ではない酢酸塩で成長したのはこれが初めてだという。「藻類や植物のような光合成生物が進化して以来初めて、光合成を利用せずに成長したのです」

光合成に頼らずに藻類を育てることに成功した研究者たちは、より難しい問題に目を向けた。同じようにして作物を育てることはできるだろうか?

最初の実験の成果は上々だった。研究者らは暗闇の中、酢酸塩を含む懸濁液の中でレタスの組織を培養し、外部から供給される炭素源を取り込んで代謝できることを確認した。

彼らはさらに、レタス、イネ、キャノーラ(アブラナ)、トマトなどを明るいところで栽培し、酢酸塩を補給したところ、植物が酢酸塩を組織に取り込むことを確認できた。炭素13(炭素の重い同位体)で標識した酢酸塩を追跡したところ、炭素13がアミノ酸にも糖にも含まれていることがわかり、植物が酢酸塩をさまざまな代謝過程に利用していることが示唆された。

とはいえ、この研究は、植物が太陽光のない環境で酢酸塩のみで成長できることを示したものではない。実際、レタスを使った実験では、酢酸塩が多すぎると植物の成長が阻害されることが示されている。ジンカーソン氏の研究室は、現在、遺伝子操作と品種改良により酢酸塩に耐性のある植物を作り出そうとしている。人工光合成による手法が、植物の成長と食料生産をしっかりサポートできるようになるためには、酢酸塩への耐性を持たせる必要があるのだ。

今回の研究成果について、米ブレイクスルー研究所の食品・農業アナリストであるエマ・コバク氏は「屋内での植物生産に酢酸塩を養分として利用できるようにするための第一歩」であると言う。それが可能になれば、屋内農場の光量を下げることができ、農場運営に必要なエネルギーを削減できるかもしれない。しかしコバク氏は、光量の少ない条件下でも酢酸塩を使って植物がしっかり育つようにするためには「飛躍的な進歩が必要でしょう」と言う。

米カリフォルニア大学バークレー校で、光合成の効率を高めるための植物の遺伝子操作の研究をしているエバン・グルーバー氏も同じ考えだ。「今回の研究は、植物が酢酸塩を取り込めることを示していますが、それは植物が酢酸塩で成長できることや、十分な量の食物や燃料や医薬品を合成できることの証拠ではありません」と彼は言う。特に後者を実現するためには「植物を完全に再プログラムする」必要があるという。

同時にグルーバー氏は、この論文にワクワクしたという。「地球以外の見知らぬ環境や、従来の方法では農業ができないような環境でも、光と炭素をとらえることができるかもしれないからです」

深宇宙食料チャレンジ

人工光合成の技術が最初に応用されるのは、地球外の環境かもしれない。NASAは現在、長期宇宙ミッションで宇宙飛行士に食事を提供するための革新的なアイデアを提案したグループに賞金を授与するコンテスト『深宇宙食料チャレンジ(Deep Space Food Challenge)』を開催している。研究チームは人工光合成のアイデアでこのコンテストに応募した。2021年秋、彼らは米国の18チームの1つとして一次予選を通過した。二次予選では、実際に食料を生産するプロトタイプを作ることが要求される。受賞者は来年発表される予定だ。

このコンテストに勝ったとしても、将来の宇宙ミッションへの採用が決まるわけではない。NASAのエイムズ研究所の上級研究員であるリン・ロスチャイルド氏は、今回の研究には関与していないが、まずは多くの技術的課題を解決する必要があると言う。カギとなるのは重量だ。人工光合成を行うためには、専用の太陽電池パネルや電解槽などの新しい装置を宇宙に運ぶ必要がある。

一方でロスチャイルド氏は、光合成のような基本的な生物学プロセスを再設計して宇宙や地球上で応用する方法については、オープンな心を持ち続けることが大切だと言う。「もしかすると、今の私たちには想像もできないような見返りがあるかもしれないのですから」

文=Madeleine Stone/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年8月15日公開)

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