家庭用ゲーム機「プレイステーション4」のゲームが今春、権威ある科学誌ネイチャーの表紙を飾った。自動車ゲーム「グランツーリスモSPORT(GTS)」で、人工知能(AI)と人間のトップ級プレーヤーが対戦した結果が、報告されたからだ。
このゲームの特徴は、実在する車やコースに加え、タイヤの摩擦や空気抵抗までコンピューターの計算で再現されていることだ。対戦相手の位置など、リアルタイムで変化する状況に応じた瞬時の判断も求められる。AIは囲碁や将棋では人間を破っていたが、GTSは異なるゲームのため注目を集めた。
2021年10月。世界自動車連盟(FIA)公認GTS大会にのっとったルールで、AIは世界王者ら人間相手のレースに挑んだ。AIと人間それぞれが4台ずつを使い、三つの異なるコースで走行。AIがコースアウトする場面もあったが、最終的にすべてAIの勝利に終わった。
対戦したトップ選手のひとり、宮園拓真さんは「レース中はAIと対戦していたことを完全に忘れていました。本当に楽しかった」と述べた。研究成果をまとめた論文は今年2月10日発行のネイチャーに発表された。
人間を破ったのは、ソニーグループ傘下のソニーAIなどが開発したAI「グランツーリスモ・ソフィー(GTソフィー)」だ。
実は、研究の目的は人間に勝つAIを作ることではなかった。ソニーAIのマーカス加藤絵理香さんは「そもそもゲームで人間を超えるのが倫理的によいことなのかどうか、最初にチームで議論しました」と明かす。
AIは、人間が失敗をおそれてやろうとしないことでも何度も繰り返す。AIが新たな走行テクニックを見いだすことなどを通じて、プレーヤーに豊かなゲーム体験を提供することをめざしたのだという。
本格的な開発は20年4月に始まった。日米など約25人のチームが、ネットに接続した、計1千台以上のプレイステーション4を使い、同時並行でシミュレーションを繰り返して成長させた。
当初、AIはアクセルやハンドルの操作も満足にこなせなかった。初日はカーブを曲がりきれずにコースアウトしたり、途中で止まったりすることを繰り返したが、徐々にテクニックを学習していった。
研究チームによると、特に難問だったのが、「フェアプレーとは何か」をAIに学ばせることだったという。勝利のみを追求すれば強引に割り込んだり、対戦相手にぶつかったりすることもある。こうした走りはマナー違反だが、お手本を示すことが難しかった。
そこでAIの開発手法のひとつ「深層強化学習」が使われた。論理ではなく,人に近い直観を磨く「深層学習(ディープラーニング)」と、最適な行動をAI自身に学ばせる「強化学習」を組み合わせた手法だ。
車の速度や位置などをもとに、追い越しなどうまく走ったら「ご褒美」を、追突などうまく走れなければ「罰」を自動的に与えることで、AI自身に試行錯誤させ、最も適切な走り方をするよう仕向けた。AIの走行距離が計30万キロに達するころ、トップ級の腕前を持ち、レースマナーも尊重するAIが完成した。
こうしたAIは車の自動運転のほか、人と隣り合って作業するロボットや空飛ぶドローンの制御にも応用できる可能性がある。ソニーAIのシニアAIエンジニア、河本献太さんは「将来的には、GTソフィーの技術も生かして、人といっしょに暮らせるロボットを作りたいですね」と話す。
ゲームとAIに詳しい東京大学の金子知適(ともゆき)教授は今回の研究について「AIが人と協調するために大きな前進だ」と話す。そのうえで「AIが人間のドライバーに混じって安全な運転をすることにつながる、重要な研究です」と指摘する。
たとえばGTSの4対4のレ…
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