スマートフォンからイヤフォン端子が消滅し、“イヤフォン”と言えば完全ワイヤレスイヤフォンを意味するほどにTWSが普及した昨今。お気に入りの有線イヤフォンが引き出しの中で眠ってしまっている人も多いだろう。
だが、その有線イヤフォンを今すぐ引っ張り出して、フル活用できる製品がFiiOから登場した。スマホからBluetoothで飛ばした音を受信し、イヤフォンを駆動する“Bluetoothレシーバー・アンプ”の最上位モデル「BTR7」がそれだ。
「なんだBluetoothで飛ばすやつか、音悪いでしょ」と思ったそこのアナタ。これがヤバい。結論を先に言うと、「これもうTWSどころか、10万円以下のDAPいらないんじゃね?」と思うほどの、バケモノみたいなBluetoothアンプになっている。
小さな筐体にデュアルDAC、デュアルTHX AAA内蔵
BTR7のヤバさがわかるのは、まず価格だ。オープンプライスで実売は34,100円前後。「Bluetoothアンプって1万円とか2万円じゃなかったっけ?」と思ったアナタは正しい。ぶっちゃけ高い。だが、あの“コスパの鬼”であるはずのFiiO製品で、この価格になっている事が自体が、BTR7の“ガチっぷり”を示している。
まず、Bluetoothで音楽を受信してイヤフォンを鳴らすのでDACが入っているのだが、ESSのDACチップ「ES9219C」を、なんと2基も搭載している。
それだけではない。ヘッドフォンアンプも内蔵しているが、そのアンプに、MYTEKやBenchmark Media Systemsといったハイエンドオーディオ機器にも採用されている、THXの特許技術を使用アンプ「THX AAA」の中のモバイル版「THX AAA-28」を、こちらも2基搭載している。
この時点でもう普通の製品ではない。今までのBluetoothアンプは“有線イヤフォンを無線化するための便利グッズ”的な存在だったが、BTR7は明らかに“Bluetoothで音楽を入力する高級DAP”のつもりで作られている。ここが大きなポイントだ。
筐体は小さいが、イヤフォン出力は3.5mmのシングルエンドに加え、4.4mmのバランス出力も搭載。バランス出力では、ES9219CとTHX AAA-28を左右独立で動作させる完全バランス構成となる。出力(32Ω負荷時)は3.5mmが160mW、4.4mmバランスでは320mWとハイパワーで“もはやDAP”というスペックだ。
Bluetoothチップは「QCC5124」を内蔵しており、当然のようにコーデックは、SBC/AAC/aptX/aptX LL/aptX HD、さらにaptX AdaptiveとLDACまでサポート。対応するスマホと連携すれば、ハイレゾの情報量をワイヤレスで受信・再生できる。
本体には1.3型と小さいが、IPSカラーディスプレイを備え、ボリューム、パワー、ゲイン、オーディオフォーマットなどの情報を表示できる。パラメトリックイコライザーなども備えており、切り替えもこの画面を見ながら可能だ。
本体右側面には、電源/メニュー、ペアリング/再生/停止、ボリューム/曲送り/曲戻しボタン、充電ON/OFFスイッチを備えている。
本体のボタンを使った操作に加え、「FiiO Control App」というアプリから、細かな設定や操作もできる。さながら、スマホをBTR7のリモコンみたいに使えるわけだ。
BTR7の筐体はアルミ合金製。放熱性を高めると共に、特許技術シームレスメタルフレームアンテナを使う事で、Bluetoothの接続安定性も向上させているそうだ。専用設計の人工皮革製の保護ケースも付属する。
880mAhのバッテリーを内蔵していて、3.5mm出力使用時は約9時間、4.4mmバランス時は約8時間の使用が可能。充電はUSB-C経由で行なうほか、Qi規格による無線充電にも対応する。スマホ用に無線充電台を導入している人は、その上にBTR7を置いても充電できるだろう。
USB接続のスティック型DACアンプとしても使える
最近は、スマートフォンとUSB/Lightningで接続するスティック型のUSB DACアンプが人気だ。BTR7に興味を持っている人は、そうしたスティック型のUSB DACアンプの購入も検討しているかもしれない。
ただこのBTR7、Bluetoothアンプだが、有線でもスマホと接続できる。本体側面の「CHARGEボタン」をスライドさせると「ドングルモード」に切り替わり、付属のUSB-Cケーブルでスマホと接続すれば、スティック型USB DACアンプとして動作する。
Bluetooth接続を超える高音質再生が図れるほか、前述のようにBTR7は本体にバッテリーを搭載しているので、USBバスパワーで動作する一般的なスティック型USB DACアンプと違い、接続先のスマホのバッテリーを消費しない。スマホも長時間使えつつ、良い音で再生できる……という利点もある。
これだけのパーツや機能を内蔵しながら、外寸83.6×39.6×14.6mm、重量68gと、胸ポケットにも簡単に収まるサイズ・重量に収めている。
音を聴いてみる
まずはBluetoothアンプとして音をチェックしてみよう。接続相手のスマホは「Pixel 6 Pro」、LDACで接続し、ハイレゾファイルや、Amazon Music HDのハイレゾ楽曲を再生してみた。なお、BTR7のゲイン設定はデフォルトで「HIGH」になっているが、まずはイヤフォンを接続するので「LOW」とした。
3.5mmのシングルエンド接続でFitEar「TG334」やfinalの「B1(FI-B1BDSSD)」を接続しつつ、96kHz/24bitの「藤田恵美/Best of My Love」を再生すると、1分過ぎからのアコースティックベースが「グォーン」と肉厚に押し寄せてきて、思わず「え!?」と声が出る。
今まで聴いてきた“Bluetoothレシーバーの音”は、どうしても中低域が弱いというか“薄い”印象なのだが、BTR7は違う。しっかりと深く沈む低音と、その深い低域の中でうごめく弦の様子や、その低域の近くにあるパーカッションのキレの良さなど、細かな音の描写も出来ている。
Bluetooth接続でもLDACによる情報量の多さ、そしてES9219C DACをデュアルで搭載している事によるSN比の良さ、1つ1つの音の輪郭のクリアさ、音場の広さなどに感心する。だが、なにより凄いのは「THX AAA-28」デュアルのヘッドフォンアンプ部。このコンパクトな筐体から想像できない、強烈と言って良い駆動力のアンプによりガッチリとイヤフォンを駆動する事で、前述の情報量の多さやSN比の良さが活きている。
えらいこっちゃと、手持ちのヘッドフォンの中でも鳴らしにくいフォステクスの平面駆動型「RPKIT50」(インピーダンス50Ω)を3.5mmで接続し、ゲインモードを「HIGH」で聴いてみると、フルボリューム60のところ、45~50あたりでもう十分という音量が得られる。
高価なDAPでも、まともに鳴らせない事が多いRPKIT50を、こんな小さなBluetoothアンプが堂々と鳴らしている姿は驚異的だ。
だが、BTR7の本気はまだまだこんなものではない。このBluetoothアンプは32Ω負荷時、3.5mmが160mW、4.4mmバランスが320mWと、バランス接続ではさらに強力なドライブができる。
RPKIT50はバランス接続にも対応しているので、変換プラグを介して4.4mmで接続してみると、さらにボリューム値45くらいで「もう十分」という音量が得られた。「James Taylor/Live!」から「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」を聴くと、重厚な低域が地鳴りのように押し寄せる。据え置きのハイパワーヘッドフォンアンプで駆動しているのかと錯覚するほど、堂々としたサウンドだ。
また、バランス接続ではコーラスなどの背後に広がる音の空間が広大になる。お馴染み「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」でも、ドン・ヘンリーのボーカルが歌い上げた後の、コーラスやエレキギターの鳴きっぷりが、虚空にスーッと消えていく様子が、4.4mmの方がより遠いところまで見通せる。その結果、ステージの立体感もアップしたように感じられる。
ここまででも十分凄いが、BTR7の“真の姿”はこの先にある。アプリの「FiiO Control App」を見ると、「バランスブーストON/OFF」という項目がある。なんでもBTR7は、通常の状態はバランス出力に対して、意図しない大音量が出て耳を傷めないようにとか、電力消費が増えるからなどの理由で自らリミットをかけているそうで、バランスブーストモードONにすると、そのリミッターが解除されるというのだ。
ONにしてみると、先程のリミッター有効状態のバランスで45あたりで「もう十分」だったボリューム値が、40くらいで「もうお腹いっぱい」状態になる。そこから上げていくと、さらに低域の迫力が高まる。気持ちよくてさらにボリュームを上げたくなるが、、耳のことを考えてほどほどにしておこう。かなり鳴らしにくいヘッドフォンでも、BTR7なら太刀打ちできるだろう。
なお、先程「ゲイン設定はデフォルトがHIGH」と書いたが、これは、主に海外で、ヘッドフォンをしっかり鳴らしたいというニーズが強いためだ。日本ではイヤフォンを使う人が多いと思うが、能率が低いものでなければ、イヤフォンの場合はLOW設定の方が、ノイズや歪みをより抑える利点がある。このあたりは組み合わせるヘッドフォン/イヤフォンで柔軟に選択しよう。
THX AAA-28×2基のヘッドフォンアンプが優れているのは、単に出力がパワフルというだけでなく、パワフルな音そのものが非常にクリアで歪みが少ないという点だ。この感覚は、同じくTHX AAA技術を搭載した、Benchmarkの40万円近くする据え置き型ヘッドフォンアンプ「HPA4」を使った時と似ている。さすがにBTR7とHPA4ではアンプのランク的に数段の違いはあるものの、“超パワフルなのに超クリア”な特徴はよく似ており、「ああー小さいけどTHX AAAのアンプっぽい」とニヤニヤしてしまう。
小型でもパワフル高音質、“THX AAA”搭載アンプ4機種に迫る
SN比135dB・歪率0.00006%の衝撃。異次元アンプ、Benchmark「HPA4」
THX AAAのとは何かという細かな説明は、以前掲載している上記の記事を参照して欲しいが、簡単にいえば、アンプにおいてノイズを低減するためによく使われるネガティブ・フィードバック(アンプの出力信号の逆相の“負の”波形にして増幅回路に戻してノイズ成分を補正する方法)ではなく、THX AAAでは“フィードフォワード方式”を使っている。
要するに、入力信号を回路を通ってアンプで増幅され……という過程で起こるエラー(ノイズ)を予測して、その逆相の波形を合成させる事で、ノイズを消してクリアな音を得るというもので、その予測して逆相の波形を作る回路にTHX AAAの特徴がある。THXではこれをフィードフォワードエラー補正トポロジーと呼んでおり、特許も取得。高調波、相互変調に加え、クロスオーバー歪みまで大きく除去できるとしている。
THX AAA-28は、そんなTHX AAA技術シリーズの中から、ポータブルオーディオ用に作られたバージョン、というわけだ。
それにしても、しばらくBTR7のバランス接続で音を聴いていると、低域がドッシリとした重厚かつクリアなサウンドなので、こんな小さな筐体から鳴っているという事を完全に忘れてしまう。もっと大きくて重いDAPを使っている気分だ。さらに、これがワイヤレスで接続されている事も忘れてしまう。情報量の少なさや、音像の薄さみたいなものを感じないためだろう。
エントリーDAPとスマホ + BTR7を聴き比べてみる
BTR7を使っていると、「これ、安い、エントリーのDAPもういらないんじゃね?」という気持ちになる。そこで、同じFiiOが、2018年に発売したDAP「M9」を用意。発売当初は34,800円前後で、BTR7が実売34,100円前後なので、ちょうど似たような価格。どちらもバランス出力を備えているので、バランス接続で、M9の音と、スマホ + BTR7でワイヤレス接続した音を聴き比べてみた。
同じハイレゾファイルで「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」を聴き比べてみたが、衝撃を受ける。スマホ + BTR7の方が音が良いのだ。1つ1つの音のクリアさ、ベースが「ズシーン」と沈み込む低域の深さ、音が広がる音場の広さと、多くの部分でスマホ + BTR7の方が勝っている。
「じっくり聴き比べると違いがわかる」というレベルではない。音が出た瞬間に「あ、BTR7の勝ちだわ」とハッキリわかるほどスマホ + BTR7の方が良い。心情としては、単体の専用機であるDAPを応援したいところだが、「明日からどっちを使いたい?」と聞かれたら、間違いなくスマホ + BTR7を選んでしまう。こっちの方が音が良いし、さらに言えばワイヤレスで便利だからだ。もっと言えば、BTR7であれば音楽だけでなく、スマホでYouTubeを見る時も、Netflixを見る時もいい音で楽しめる。活用の機会も多くなるだろう。
ちなみに、BTR7は先日ファームウェアがアップデートされ、PEQ(パラメトリックイコライザー)が追加された。追加前から、グラフィックイコライザーが使用でき、ユーザーが直感的に低域や高域を調整できるほか、「ジャズ」や「ポップ」、「ロック」といったプリセットも用意されていたのだが、パラメトリック・イコライザーでは調整する帯域をさらに細かく、数値で設定できる。
理想のサウンドを求めて、より微細な調整がしたいという人には、使いこなし甲斐のある機能だ。なお、EQやPEQで音を調整しても、情報量が低下した印象はあまり受けないので、この手の機能はあまり使わないという人も、試してみて欲しい。
USB DACアンプとして聴いてみる
前述の通り、USBでスマホと接続し、USB DACアンプとして使うこともできるので、その音も聴いてみよう。
同じ曲で、Bluetooth接続とUSB接続を聴き比べてみると、やはり、音場の広さや奥行きといったスケール感の部分で、USB接続の方が一枚上手だ。ただ、低域の迫力や分解能といった部分では、両者でさほど大きな違いはない。違いはあるが、逆にBluetooth接続の優秀さが印象に残る。
外出時に歩いている時はBluetooth接続で、喫茶店など静かな場所でじっくり聴く時はUSB接続で……なんて使い分けをしても良いかもしれない。
良いところばかり書いてきたが、使っていて気になる部分も。側面にボリュームボタンを備えているのだが、この増減ボタンを長押しすると、スマホ側で曲送り/曲戻しされてしまうのだ。しばらく「ボリュームを上げようとしたら曲が変わってしまう」という誤操作を繰り返して困っていたが、アプリで機能の割り当てを変更できる事に気づき、「ボリューム2回押しで曲送り/曲戻し」に変えたら、誤操作は減った。
ただ、誤操作はゼロにはならないので、多くのケーブルリモコンなどと同じように「再生/停止」ボタンの2回押しで曲送り、3回押しで曲戻し、といった操作も割り当てられるようにして欲しい。
エントリーDAPの新しいカタチ
BTR7の魅力を一言でまとめるなら、まさに“DAPいらずのBluetoothアンプ”になるだろう。このBluetoothアンプに勝つためには、10万円以上の、ハイクラスなDAPを持ってくるしかない。エントリーだけでなく、ミドルクラスDAPの存在をも脅かしかねないBluetoothアンプだ。
そういえば、FiiO自身もDAPをラインナップしているわけで、「こんな製品作っちゃったら、自分のところのDAPも売れなくなっちゃうじゃないの?」と心配になってくる。だが、FiiOのGeneral ManagerであるJames Chung氏は、「今後、400ドル未満のエントリーDAPはもう作らない」と公言しているそうだ。
その裏には、「スマホのユーザー体験に慣れた顧客」と「コスト」の問題がある。DAPと比べ、生産台数が桁違いに多いスマホであれば、500ドルの製品であってもかなり高性能なSoCを搭載でき、結果的にサクサク動くスマホを作れる。
一方、スマホほど大量に作らない400ドル未満のDAPに、コスト的に搭載できるSoCといえば、そんなに高性能なものは採用できない。そうなると、“スマホのサクサク感”に慣れたユーザーが、エントリーDAPを買うと、「音はともかく、なんかモッサリしてるな」とフラストレーションがたまってしまう。
そういった背景も踏まえ、「エントリーDAPの新しいカタチとして、こんなのはどう?」とFiiOが世に送り出したのが、このBTR7というわけだ。
「そうは言っても、やっぱり専用の単体DAPの方がいいでしょ」と思っていた。だが、BTR7を聴いた今となっては「FiiOの言いたいこと、わかる」と頷くしかない。「スマホからイヤフォン出力無くなっちゃったし、DAPか、スティック型DACアンプ買おうかな?」と思っていた人は、その前にBTR7を聴いて欲しい。「もうワイヤレスでいいかな」という気になるかもしれない。
また、すでに高価なDAPや高級イヤフォンを持っているというポータブルオーディオファンも、BTR7は聴いてみるべきだ。手持ちのイヤフォンが、このうえなく便利に、満足できる音質でよみがえってくれるのはとても嬉しい。TWSに押されて、元気がなくなっていた有線イヤフォン自体を盛り上げる起爆剤になる可能性を秘めた、意欲的なBluetoothアンプだ。
(協力:エミライ)
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