外出制限が発令されて以来、気がつくと毎食ご馳走を用意しているフランス人は少なくないという。サフランリゾット、パンケーキのマロンクリーム添え、タルトタタン。料理には食欲を満たすだけでなく、不安を緩和する効果もある。社会学者と心理学者が解説する。
気がつくと毎食、凝った料理を用意してしまう訳とは? photo : iStock
3月16日のマクロン大統領によるテレビ演説以来、文字通り「confinement(コンフィヌモン=監禁)」生活を実行している私たち。これまでになく料理に精を出しているという人も多い。ひとりでも家族と一緒でも、リコッタチーズのラザニアや、世界最高のパティシエと呼ばれるセドリック・グロレお薦めのフルーツサラダなど、ちょっとしたご馳走を作るのは楽しいひとときだ。料理は通常、お腹を満足させるためにするものだが、それ以外にもメリットはある。なぜいま料理に励みたくなるのか?
リズムを取り戻す。
食べることは人間の生存に欠かせない欲求のひとつだが、外出制限によって食物にアクセスする条件に変化が生じた。レストランやビストロが休業となり、テイクアウトの寿司も、ステーク・フリットのランチも、テラスで飲むコーヒーもしばらくお預け。「昼食も含め、毎回の食事を家で摂ることになり、誰もが自分で3度の食事に必要な食物を手に入れ、食事を用意しなければならなくなりました」と話すのは、食料社会学者のエリック・ビルルエだ。「一人暮らしの人にも当てはまりますが、料理に打ち込むことは1日のリズムを作り、毎日の習慣や少なくなりつつある団欒の機会を取り戻すことに繋がります」と、食生活改善を支援する市民団体「Affects et Aliments」の代表を務める心理学者のブリジット・バランドラは付け足す。
心の励みを求めて。
しかし、1時間前に報道番組を見ながらイライラしていた自分が、泡立て器でソースをかき混ぜながら鼻歌を歌っているのはどういう訳だろう? 「食べることは憂鬱や不安、怒りといった負の感情のコントロールにも重要な役割を果たしています」とビルルエは分析する。彼によると、こうした負の感情の解消に有効なのは、ニンジンスティックではなく、脂肪や塩、そして糖質をたっぷり含んだ「家庭料理」だという。実際に砂糖は、米、パスタ、卵、バターやクリームなどの乳製品と並んで、最重要食品のひとつに挙げられている。
「砂糖は幸福のホルモンと呼ばれるセロトニンの生成を促します。いまのような不安になりがちな時期には、心を落ち着かせる働きを持つこのホルモンが大事になるのです」と説明するのは、心理学者で栄養士のロランス・オラ。「子どもの頃に好きだった食べ物として、砂糖を使った甘いものを挙げる人は多いです。その頃の感覚は大人になっても残っており、甘みが心の支えの役割を果たすようになるのです。食べることで記憶が喚起されるわけです」とバランドラは語る。
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いまという瞬間に立ち返る。
リンゴタルト、ツイストブリオッシュ、チーズケーキなど、分量を計るところから最後の仕上げまで気が抜けない、こうした時間のかかるお菓子作りにも、いまならテレワークや子どもたちの世話の合間に挑戦できそう。実際にインターネット上では、この数週間で、ホームベーカリーのいらないパンの作り方を公開する人が増えている。パン生地をこね、寝かせ、再度こねてから成形して、湿気を補いながら……。パン作りの工程には繰り返しが多いが、この反復作業には「いまという瞬間に意識を集中させる、瞑想のような効果があります」と心理学者のオラは言う。「レシピに従って料理を作ることは、徐々に五感を目覚めさせて行く工程でもあります」
塩味の前菜を作る時や、ニンジンの皮をむいたり、魚の下ごしらえをしたり、グラタンを焼くといった普段の料理でも同じことが言える。「食材に触れる機会が増えることで、自分で作る喜びを再発見したり、自分や家族の食生活を見直すきっかけにもなります」とビルルエは分析する。
24時間、誘惑と隣り合わせの現代社会で、摂食障害に悩む人にもこの方法は有益だ。バランドラは「料理は時間がかかる行為であるのに対し、食べることは強迫的で直接的な行為です。出来合いのものでも満足できてしまうのはそのためです」と言う。
分かち合うこと、感謝すること。
家族やカップルで生活している人たちは、家族が顔を揃えるこの機会を十分に活かそう。家の中心にあるキッチンは、家族が集まる格好の場所だ。「家の中では、社会的距離どころか、物理的にも感情的にも距離が近い状態で生活しています。野菜の皮を剥きながら、議論したり、自分の欲求や不安を伝え合うこともできます」とビルルエは指摘する。
子どもの自宅学習に頭を抱える親なら、食事の支度を純粋に家族で楽しむレクリエーションの時間と捉えてみてはどうだろう。「勉強の合間の気分転換というだけでなく、親と一緒に食事の準備をすることが、子どもたちには一種の課外活動になります。自分の子どもの頃の食べ物の思い出や、母親の味を子どもたちに伝える絶好の機会です」とバランドラ。ケッパー入りトマトソースの秘密のレシピを子どもたちに伝授したり、子どもと一緒に料理する習慣を作るために、この機会を活かさない手はない。
実際、成長してからも、親に電話をかけて料理の作り方を聞く子どももいる。「料理を通して、親は愛情や優しさを表現しています。その代わりに、親は子どもから感謝の気持ちを受け取ります。このやりとりが家族の絆を強くするのです」とビルルエは断言する。
新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、料理を通して愛情を伝えることが家族という範囲を超えて行なわれるようにもなっている。連帯の気持ちを伝えるために、医療関係者に料理を提供する運動を始めるレストランやシェフが、フランスでは増えている。ビルルエはこう続ける。「大切なのは、健康維持に必要なバランスの取れた食事を提供すること以上に、少々カロリーオーバーでも感謝の気持ちを伝えることです」
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