信仰と文化を育んできた古都の水脈
街の東を流れる鴨川の風景が、桜、新緑、納涼床、紅葉、そして雪景色へと、うつろいゆく様子は京都の四季そのもの。街の各所にはこんこんと名水が湧き、神輿(みこし)洗い、御手洗(みたらし)祭、水みくじといった水にまつわる神事も数知れず。水は、河川の氾濫(はんらん)や疫病をもたらさぬよう鎮め祀(まつ)る存在であったと同時に、豊かな文化と暮らしを育む資源でもありました。
2020年12月、国宝に指定された八坂神社の本殿。「祇園造り」と呼ばれる複雑な内部構造を持ち、神社本殿建築としては日本最大級の規模を誇ります。この場所に本殿が築かれたのは、平安京の真東に位置し、青龍(せいりゅう)の宿る龍穴があるという伝説から。事実、八坂神社の地下には水脈が走り、境内では各所から御神水が湧き出ています。龍の正体は、この水脈でしょうか。
八坂神社だけでなく、錦市場や梨木神社など名水の湧くスポットは市内にいくつも点在します。料亭や喫茶店の店主や茶人が、名水の井戸に水をくみに訪れる姿を見かけることもしばしば。祇園で約70年続く「祇園喫茶 カトレヤ」でも、八坂神社の御神水と同じ水脈の水でコーヒーをいれているといいます。ほのかに甘みがあるまろやかな軟水は、京都の繊細で豊かな食表現をかなえてきた、まさに縁の下の力持ちなのです。
季節との、味覚との一期一会を貴ぶもてなしの心
だし、豆腐、漬物、和菓子、日本酒にコーヒー。京都の食文化をひもとけば、それらの成熟に、水の味が重要な要素となってきたこともうなずけます。
祇園で最も予約の取りにくい星付き料亭として知られる「祇園さゝ木」。主人の佐々木浩さんは、カウンターを「料理人と客のキャッチボールの場」と話します。「芋名月」とも呼ぶ十五夜(中秋の名月)の季節には、芋の葉をうつわに見立て、多彩な食感と香りをちりばめた先付けを。
「やっぱりだしが一番。まだ暑いですから、あえてアマダイのだしは入れずにすっきりとすまし汁で」と仕立てた椀(わん)物には、青ユズを散らします。ふわりとかぶせた芋の葉を開くこと、椀のフタを開けて香り立つユズがまだ青いこと。そうしたこまやかな気遣いが、料理を通して季節のあいさつを交わすような交流を生みます。
京都・大阪を対象としたミシュランで三つ星を獲得した経歴を持つ名料亭「菊乃井(きくのい)」がプロデュースするサロン「無碍山房(むげさんぼう)」は、深みのある濃い抹茶のパフェや作りたての本わらび餅が名物。ここでは、デザートを作るのもパティシエではなく料理人。京料理の技法や文化に精通した料理人が、抹茶をたて、小豆を炊いて餡(あん)を作り、わらび餅は提供直前に練りあげて作るというスタイルで、もっともおいしい瞬間でもてなします。
「料理人が作っているスイーツですので、まさに店名の通り“何事にもとらわれず”、和食の技法を使ったりしながらパフェを作らせていただいています」と料理長の平井友浩さんは話します。
カウンターの向こうに広がる苔(こけ)むす庭園と、洋画家・中川一政がしたためた「無碍山房」の書をはじめ店内を彩る調度品は、まるで茶会で亭主が客人をもてなすかのよう。その季節、その場所、その瞬間でしか味わえない一期一会の喜びを、料理人は心を尽くしてもてなす。京都の食文化を成熟させてきたのは、豊かな水の恵みに加え、創意工夫を凝らしてきた人々のおもてなしの心です。
※〈後編〉へつづく
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からの記事と詳細 ( 祈りは祭りに、文化になる 古都を潤す「水」、京料理からコーヒーまで〈前編〉 - 朝日新聞デジタル )
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