連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを順番に、2週に1回配信しています。
この《パリの外国ごはん》は、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。フードライター・川村明子さんの文と写真、料理家・室田万央里さんのイラストでお届けします。
次回《パリの外国ごはん そのあとで。》は、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。
川村さんが心に残るレストランを再訪する《パリの外国ごはん ふたたび。》もあわせてお楽しみください。
昨年の10月以来で、この連載を再開することになった。久しぶりでの2人そろっての「パリの外国ごはん」会合は、もはや探検のような冒険のような気さえした。文字通り、胸が高鳴った。
早々に気になっていた店のアドレスを、相方の万央里ちゃんに送った。ベジタリアンの中華料理店。一方、彼女は、エチオピア料理熱が高まっているようだった。
私が、初めてエチオピア料理を食べたのは、10年前のちょうど今頃、9区にあるアディス・アベバという店だ。友人で食いしん坊の写真家カップルがエチオピア料理にハマり、何軒も食べ歩いた結果、この店が一番おいしい!という結論に至ったらしい。それで、一緒に行こう!と誘われた。「アディス・アベバってことは、“東京”という名の日本食店に行くようなものよねぇ」と少しいぶかしく思いながら出かけたその店は、とてもきちんとした印象を受けた。その数年後に、日本の雑誌で紹介すべく、取材もした。
そのことを万央里ちゃんに話すと、「そこに行きたい!」という。以前は、夜しか営業していなかった記憶があったけれど、確認してみると、今は昼も開いていた。それで早速予約をして、出かけた。
店に着くと、昼だからか、店内は最小限の電気しかついていなかった。私たち以外に客はおらず、これが旅先だったなら、この店で本当に良かったのだろうか?と不安になったかもしれない。その未知の感じがまた、うれしかった。「いよいよ『パリの外国ごはん』再開だなぁ」なんて内心、ホクホクしていた。
そんなところに渡されたメニューの表紙がまた、クスッと笑みが漏れる可愛さだった。開くと、伝統料理の盛り合わせと、野菜料理の盛り合わせが真ん中に書かれている。この日は、行く前からベジタリアンにするつもりだった。料理に添えられるエチオピアの主食、“インジェラ”というテフ粉のガレットが、ともかくおなかが張る。それに肉料理の組み合わせは、前にこの連載で訪れた別の店で、かなりのボリューム感になることを経験済みだ。アディス・アベバでも、メニューの伝統料理の盛り合わせには、肉料理が4種類記されていた。ベジタリアンの方がきっと心地よい満腹感を得られるだろう。
厨房(ちゅうぼう)に立つエプロンをした女性が、注文も取るようだった。予約の電話に出たのは男性だったけれど、この日は、彼女の他に誰もいなかった。
2人で、ベジタリアンプレートの盛り合わせをオーダーし、続けて、シナモンとカルダモン、クローブ入りのお茶を頼もうとしたら、これが、彼女はわからなかった。香りをつけた、という意味の単語がわからないのかな?と思い、シナモンと……と具体的に言ってみるも、首を振る。ならば、と、“お茶”とだけ伝えてみたが、それも解せない。じゃあ、と思って、“tea”と言ったら、わかった。お!と勢いづいて、フランス語で言っていたスパイス名を英語に言い換えてみたのだが、また、わからなくなってしまった。
そこで彼女は、「電話をする」と誰かにかけた。彼女が差し出したスマホを万央里ちゃんが受け取り、説明した。この連載で訪れた店で、フランス語が通じなかったことは1度や2度ではないが、注文に電話が登場したのは初めてだ。
電話の向こうは男性だったらしい。きっと予約の電話を受けてくれたのと同じ人だろう。
無事、注文をし、女性が厨房に消えたところで、一人、女性が店に入ってきた。どうもお客ではないようだ。「Bonjour!」と私たちに声をかけ、彼女は奥の厨房へ向かった。
するとさらにもう一人、女性がやってきた。今度は、店の人というよりは、よくやって来る友人といったところか。厨房の入り口に近い、一番奥のテーブルに彼女は腰掛けた。この人物が現れたことで、途端にご近所さん同士の井戸端的雰囲気が生まれ、日常感が出た。
最初に来たマダムが、私たちのベジタリアンプレートを運んできた。定番のインジェラと一緒に。以前は、琺瑯(ほうろう)のプレートに盛り付けられていたような気がするが、この日は、白い大皿だった。それを見て、少し新鮮な気持ちになった。もしかして、パリに暮らすエチオピアの人の家に招かれたら、おうちではこんな風に料理が出されるのかもしれないなあと思ったからだ。とても家庭的な感じがした。
それに、目を見張ったのは、インジェラの色だ。白い。前に2人で訪れた15区の店のものはどちらかというと茶色に近かった。食べてみると、強く印象に残っていた独特の酸味がマイルドだ。“この店のものは精製された粉で、あちらの店のは全粒粉なんですよ”と言われたら納得するくらいの違いが、色にも味にも出ていた。
野菜の色も全体的に優しい。実際、それは食べてみても同じで、たくさんスパイスが使われている、とかではなさそうだ。二つ割りの干しエンドウ豆は野菜のブイヨンで煮たような穏やかな味。少しピリッとしたレンズ豆は、豆の味わいと同じくらいの度合いでトマトの風味がした。インゲンとホウレン草はどちらもクタクタに火を通してあり、そしていずれも、それぞれの味が失われることなくそのまま、らしさを残している。キャベツは甘みがあり、箸休め的な存在に思えた。
一つだけ、真ん中にあるレンズ豆のムースがアクセントを放ち、辛い。聞くと、青唐辛子が入っていると言われた。確かにその辛みもあったのだけれど、別のものも入っている気がした。この舌触りはなんだっけ?とざらっとした触感を頼りに記憶を探って、行き着いた。ホースラディッシュ。そう認識すると、辛みも、まさにホースラディッシュのものに思えた。
注文にてこずったスパイス入りのお茶が、思いがけず、料理ととてもよく合った。頼んでみるもんだ。
インジェラは2枚食べても全然おなかが張るようなことはなく、とても食べやすいと感じたまま、食事を終えた。
コーヒーを頼むと、ケースがテーブルに運ばれてきて、引き出しから粉末状の何かを取り出し、お香が焚かれた。そうだったそうだった、エチオピアのコーヒーにはこの煙が必須のお供なのだ。淹(い)れてくれたコーヒーは、普段飲んでいるコーヒーとは別物で、煎った豆のお茶、と言いたくなる味がした。
なごみのコーヒータイムを過ごしていたら今度は、奥に呼ばれた。行ってみると、井戸端会議をしていたテーブルの脇で、コーヒー豆を煎っているではないか。爆(は)ぜる音を聞きながら、あ~今日ここへきて本当に良かったなぁと思った。
すごく構えていたのに、帰って2時間ほどしたら、おなかがすいてきた。胃の中でどんどん膨らむと思っていたインジェラは、消化してしまったようだ。予想外の展開に、万央里ちゃんにメッセージを送ったら「わかる!」と返事が来た。これならば、肉料理も含む伝統料理プレートを食べられそうだ。もうすぐにでも行きたいと思っている。
Addis Abeba(アディス・アベバ)
56 Rue Notre Dame de Lorette, 75009 Paris
からの記事と詳細 ( 9カ月ぶりの再開はエチオピア料理で! 私たちを夢中にさせる、色白インジェラ/Addis Abeba - 朝日新聞デジタル )
https://ift.tt/3Bl6Kzr
No comments:
Post a Comment