8年間、約3000日にわたって、朝に作ったスープをインスタグラムで更新している有賀薫さん。元々料理を生業としておらず、スープ作家として活動を始めたのは50代に入ってからだという。3月には『3000日以上、毎日スープを作り続けた有賀さんのがんばらないのにおいしいスープ』が文響社から発売。どのようにして異業種から道を切り開いてきたのでしょうか。お話を聞きました。
遠回りした経験が活きる
――有賀さんは元々料理の世界にいたわけではなく、50代になってからスープ作家になったとのこと。2、30代から料理を生業としている人も多い中、途中から参入することに不安や葛藤はありましたか。
有賀薫さん(以下、有賀): 今でも不安だらけです! 若いころから料理の仕事をしていた方は、50代ともなれば大ベテラン、一方私は新人ですから。
でも、もし私が2、30代から料理の仕事をしていたら、たぶん途中で目移りして、違うことをしていたかもしれません。元来いろいろなことに興味が強く、ひとつの景色に縛られたくないタイプ。人は2種類のタイプがあって、1本道を突き詰めて歩く人と、寄り道をしながら歩いていく人がいると思いますが、私は完全に後者です。
スープ作家になるまでは、メーカーで勤務したりフリーライター、絵画で展覧会をしたりと一見料理と関係ないことをしていますが、今となってはすべての経験が活かされているという実感があります。
――たくさん料理のプロがいる中でも有賀さんの人気が高いのは、そういったことも関係しているのでしょうか。
有賀: 私は普通の主婦として途中から料理の世界に足を踏み入れたので、料理のプロとして長く活動している人と、読み手との間の“バトンの受け渡し”のような存在になっているのかもしれませんね。外の景色を見ていたからこそわかるというか。それに料理が専門ではない編集者と一緒に本を作ることも多く、だからこそ決まりきったセオリーに縛られずおもしろい本ができたと思っています。
「おもしろそう!」が基準
――そもそも、大学卒業後はメーカー勤務をされていたとのことですが、そこからどのようにしてスープ作家に繋がったのでしょうか。
有賀: 新卒でメーカーの販促営業をしていましたが、次第に書くことの方が好きだと気づいたんです。ライターとして何の実績もありませんでしたが、会社は3年で退職して、先に名刺だけ作ってライターになることを決めちゃいました(笑)。
この話をするとすごく無謀にみえるかもしれませんが、当時はバブル真っただ中。周りの人から少しずつ仕事を貰いながら、どうにか仕事に繋がったんですよね。
その後、ライターの仕事も途切れることなく頂いていましたが、結婚や出産をへて、仕事や子育てを続けていくと、自分自身がどうありたいのか迷うようになってきたんです。
そんなモヤモヤを抱えていたとき、買い物の途中で目についた近所の絵画教室で、絵を習い始めました。もともと絵は好きだったのですが、そこからどんどん描くことにのめり込んでいって…気づけば自分で個展を開くようになりました。実はそれが、今のスープ作家につながるんです。
――展覧会からスープ?
有賀: スープは元々息子の朝食のために作っていて、写真を撮ってSNSに毎日投稿していたんですよ。すると段々と写真を楽しみにしてくれる人が増えてきました。
作り続けて1年たったとき、365日分のスープ写真を全部並べて展覧会を開いたらおもしろいのではないかと思ったんです。絵の展覧会と同じ感覚でした。
会場に来てくださった方からの「レシピ教えて!」とか「これ作ってみたい」といった反応がたくさんあって、料理は人を繋げられると、改めて実感できました。
次第に自分の本を出してみたいと意識するようになり、本の企画書を作って出版社や知り合いの編集者に持ちかけてみました。しかし、なかなか出版には至らず、初めて本を出すまでに企画してから1年半くらい掛かりましたね。
――企画が通らない日々は、精神的にもハードそうです…。
有賀: とはいえ実際に回ったのは3カ所くらい。就職活動みたいに今日もダメだった…と沈むような感じではなかったかな。夫の収入もあったし、ライターとしても忙しくしていたので、スープ作りをやりながら…と思っていましたが、今考えればそんな中途半端な姿勢がすぐに決まらなかった理由かもしれません。
そのうち、“スープ・ラボ”というスープのイベントをはじめ、人に料理を伝える立場になりました。それまで料理で仕事をしたことがなく、必死に勉強しました。
そうやってイベントを重ねていくと、少しずつ自信に繋がっていきました。同時に、ここまでやったら本を出版するまで引き返せない、と思うようになって。
やっていることは変わらないのですが、自分の中でスイッチが切り替わったんでしょうね。「できたらいいな」という願望から、「やるぞ!」と強い意志に変わっていきました。
そうしているうちに、念願叶って本の出版までたどり着きました。WEB媒体の連載も決まり、スープ作家としてようやく踏み出せました。
――とても行動的だし、前向きな印象を受けますが、フリーライターから今に至るまで、人脈…というか、どうやって縁を繋いでいるのでしょうか。
有賀: 今でもそうですが、この人とつながったら得をするかも」という損得勘定で、人を見ないですね。「この人おもしろそう!」という感覚を基準にしているので、思わぬところから声を掛けてもらうこともあります。音楽のライブに一緒に行っただけの友人の知り合いから、3年ぐらい後に仕事の誘いを受けたり。
元々人付き合いが好きなので、友人知人から話が広がることも多いです。
アンテナの高い環境に身を置く
――情報感度の高い方は、どんなことをされているのでしょうか。インスタグラムも2011年、今から9年前だとそんなにやっている人も多くはなかったと思いますが。
有賀: Twitterもわりと初期から始めていますね。Twitterは、絵の展覧会の告知を考えて使い始めましたが、絵とは全然関係ないハートランドビールの話を書いていたら、酒好きの人たちが集まったんです。彼らはインターネットを早い段階から使い始めていて、常にアンテナを張っている人ばかり。私自身の情報収集能力が高いわけではないですが、彼らの話を聞いて、私も乗っかって動きました。「スープ作家」という肩書きもその中の友人がアドバイスしてくれましたし、コラボ企画など、自分では思いつかないような話も一緒に考えてくれました。元々はネットで集った仲間から、どんどん発展していくのはありがたいですね。
――有賀さん自身も、新しい情報に対応できる柔軟性とか楽観性があるからこそ、今の状態に繋がったんじゃないですか。
有賀: 好奇心は強いかもしれません。年齢を意識するより、楽しいことを追求していたら今に至りました。
料理は生活を楽しむもの
――有賀さんのSNSで「誰かに料理を背負わせない。やる側も背負わない」という投稿を拝見しましたが、とても印象的です。
有賀: 女性が料理をするものだというプレッシャーのような空気って今でもあると思うんです。どんなに忙しくても、女性がご飯を作るものとなりがちかと。それはおかしいのでは? と思うことからスタートしていますが、そう訴えたところでらちがあきません。それならやる人が今すぐに楽になれて、男性や子どもがもっと入りやすくなるような簡単なレシピや食べ方を提案するのがひとつの方法かと思ったんです。男女問わず、生きていく上で自炊できる方がいいですよね。
――かといって時短料理を勧めているわけではないとか。
有賀: もともと料理をやりたくないから、短くしたいということだと思うんですよね。でも楽しいことって時短する必要ないじゃないですか。また、短時間でご飯が作れるのはすごく魅力ですが、決して時短やズボラを提唱しているのではなく、シンプルにおいしく食べることの結果として、時短や手間の省略になればいいなと思っています。
――最後にスープ作家として読者にメッセージをお願いします。
有賀: 年齢が高いから頭が固くなる…というのは人それぞれだと思います。年齢を重ねたからこそ、いろいろな意見や考え方が身につき、若かったころより柔軟性が出てきます。日々の小さなことに興味を持っておもしろがることで、世界は大きく広がって行くと思います。
取材・文・写真=松永怜
プロフィール
有賀薫(ありが かおる)
スープ作家。2011年から、朝のスープ作りを日々更新している。スープの実験室「スープ・ラボ」をはじめ、イベントや各種媒体を通じ、おいしさに最短距離で届くシンプルなレシピや、日々楽に料理をする考え方などを発信している。『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回料理レシピ本大賞入賞。
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May 01, 2020 at 09:15AM
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スープ作家・有賀薫さんに聞く。50代主婦が、異分野からスープ作家へと変身を遂げた秘訣 - ダ・ヴィンチニュース
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